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札幌地方裁判所 平成9年(行ウ)26号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告の請求

被告が、別紙物件目録の建物の平成九年度固定資産課税台帳登録価格について、平成九年七月三日付けでした原告の審査申出を棄却する旨の決定を取り消す。

二  原告の請求原因

1  原告は、平成二年九月ころ、別紙物件目録の建物(以下「本件建物」という)の所有権を、札幌地方裁判所室蘭支部昭和六二年(ケ)第三九〇号事件の競売で取得した。

2  伊達市長は、本件建物の平成九年度固定資産税の課税標準となる価格を三〇〇八万三〇四四円と決定し、右価格を固定資産課税台帳に登録した。

3  原告は、平成九年四月二八日、被告に対し、審査を申し出た。被告は、平成九年七月三日付けで、原告の審査申出を棄却する旨の決定(以下「本件決定」という)をした。原告は、平成九年七月五日ころ、本件決定を受領した。

4  しかし、本件建物の価格は、一二三七万二〇〇〇円を超えることはないから、本件決定は、違法である。

本件建物は、昭和五一年一二月に建築されたものである。本件建物の競売手続における鑑定評価額は、昭和六三年三月時点で、一二三七万二〇〇〇円であった。それから一〇年が経過しているのに、本件建物の価格が三〇〇〇万円を超えることは納得できない。

被告主張の再建築価格主義は、徴税を容易ならしめる便法である。評価基準表の数値に適合させて再建築費評点数を算出し、固定資産評価額を係数上はじきだしているだけである。課税対象物件の使用資材等を現実に確認して評価していない。同じ鉄骨造家屋でも、使用資材の等級や経年老化の程度に違いがあるはずである。それが面倒だからといって、安易な便法を採用することは納税者を納得させない。

5  固定資産評価審査委員会は、審査申出人の申請(地方税法四三二条一項)があった場合においては、口頭審理の手続を経なければならない(同法四三三条一項)。しかし、法律的知識を十分有していない一般人は、右条項に基づき口頭審理を申請できることを知り得ない。他方、被告が、右手続を審査申出人に知らせることは容易なことである。この説明は、審査手続に付随する事務であり、被告はその教示を怠ったから、本件決定の審査手続には瑕疵がある。

6  固定資産の評価に関する事務に従事する市町村の職員は、納税者とともにする実地調査、納税者に対する質問、納税者の申告書の調査等のあらゆる方法によって公正な評価をするように努めなければならない(地方税法四〇三条二項)。また、市町村長は、固定資産評価員又は固定資産評価補助員に該当市町村所在の固定資産の状況を毎年少なくとも一回、実地に調査させなければならない(同法四〇八条)。

本件建物を実地調査しなければ、適正な時価の評価ができないのに、実地調査しなかった。少なくとも、本件建物の評価額について納税者との間に争いが生じ、原告が口頭又は書面をもって実地調査を要求していたにもかかわらず、被告は、実地調査をせず、固定資産評価基準に基づく評価を適法とした。

このように、被告は、地方税法に規定する審査手続を誤り、実地調査をしなかったものであるから、本件決定は違法である。

7  よって、原告は、本件決定の取消しを求める。

〔中略〕

理由

一  請求原因1ないし3の事実については当事者間に争いがない。

二  本件建物の価格決定の適否について

1  固定資産の価格決定

市町村長は、地方税法三八八条一項に基づき自治大臣が告示によって定める固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(固定資産評価基準)によって、固定資産の価格を決定しなければならない(同法四〇三条一項)。固定資産税の課税標準の基礎となる価格の決定権者である市町村長は、固定資産評価基準に従って価格の決定をすべき法的義務を負っている。

そして、固定資産評価基準は、課税標準の基礎となるべき価格の適正を手続的に担保するために、その算定手続、方法を規定しているものであるから、これに従って決定された価格は、課税標準の基礎となるべき適正な時価であると事実上推定できる。

したがって、固定資産評価基準に従って決定された固定資産の価格は、当該固定資産の評価に当たり固定資産評価基準を適用することが不合理であるとか、固定資産評価基準に基づいて算出した価格が当該固定資産の適正な時価を上回るとかいった特段の反証のない限り、地方税法三四九条一項所定の当該固定資産の価格である適正な時価(同法三四一条五号)によるものと認められる。

2  固定資産評価基準によれば、家屋の固定資産の評価方法は、次のように定められている。

(一)  家屋の評価は、木造家屋及び木造家屋以外の家屋(以下「非木造家屋」という)の区分に従い、各個の家屋について評点数を付設し、当該評点数を評点一点当りの価額に乗じて各個の家屋の価額を求める方法による。各個の家屋の評点数は、当該家屋の再建築費評点数を基礎とし、これに家屋の損耗の状況による減点を行って付設する。

非木造家屋の評点数は、次の算式によって求める。

評点数=再建築費評点数×非木造家屋経年減点補正率

(二)  非木造家屋の再建築費評点数の算出方法は、当該非木造家屋の構造の区分に応じ、当該非木造家屋について適用すべき非木造家屋評点基準表によって求める(の)が原則である(固定資産評価基準第二章第三節二)。

しかし、市町村長は、以下のように、当該市町村に所在する非木造家屋の状況に応じ、各個の非木造家屋の再建築費評点数を付設することができる(固定資産評価基準第二章第三節二の二「比準評価の方法による再建築費評点数の算出方法の特例」、以下「本件特例」という)。

(1) 当該市町村に所在する非木造家屋を、その実態に応じ、構造、程度、規模等の別に区分し、それぞれの区分ごとに標準とすべき非木造家屋(以下「標準非木造家屋」という)を選定する。

(2) 標準非木造家屋について、再建築費評点数を付設する。

(3) 標準非木造家屋以外の非木造家屋で、当該標準非木造家屋の属する区分と同一の区分に属するもの(以下「比準非木造家屋」という)の再建築費評点数は、当該比準非木造家屋と当該標準非木造家屋との各部分別の使用資材、施工量等の相違を総合的に考慮し、当該標準非木造家屋の再建築費評点数に比準して付設する。

(三)  非木造家屋の損耗の状況による減点補正率の算出方法は、「非木造家屋経年減点補正率基準表」(固定資産評価基準別表13)によって求める。

(四)  経過措置として、固定資産税に係る平成九年度から平成一一年度までの各年度における家屋の評価に限り、評点一点当たりの価額は、自治大臣が別に指示する金額を基礎として、市町村長が定めるものとしている(固定資産評価基準第二章第四節)。「自治大臣が別に指示する事項について」との通達によれば、自治大臣が別に指示する金額は、一円に「物価水準による補正率」と「設計管理等による補正率」を相乗じて得た金額とされ、非木造家屋に係る「物価水準による補正」は、全市町村を通じ一・〇〇であり、非木造家屋に係る「設計管理等による補正率」は、全市町村を通じ一・一〇とされている。

3  本件建物の価格

(一)  〔証拠略〕によれば、(1) 本件建物は、鉄骨造陸屋根三階建の店舗として昭和五一年一二月に建築された、(2) 昭和五二年度固定資産課税台帳登録価格は、地方税法四〇九条二項、四項、四一〇条の規定により、北海道知事(胆振支庁長)が固定資産評価基準によって決定した本件建物の不動産取得税の課税標準となるべき価格に基づいてした評価である(右登録価格は、再建築費評点数三二五六万五〇九四点に経年減点補正率〇・九八四及び一点単価一・一円を乗じた三五二四万八四五七円である)、(3) 昭和五二年以後の評価替においては、本件特例に基づく比準評価方法である総合比準評価(家屋を構造、規模等の別に区分し、それぞれの区分ごとに標準とすべき家屋を選定し、当該標準家屋についての再建築費評価点数の上昇率を求め、当該標準家屋と同一の区分に属する家屋については、当該家屋の再建築評点数に当該上昇率を乗じて新たな再建築費評点数を求める方法)により基準年度価格を求めたが、上昇割合が経年減点補正率を上回る事態が生じていたため、経過年数の短縮等に伴う経過措置による特別補正率の適用を受けるまで据置かれていた、(4) 平成六年度の本件建物の再建築費評点数は五二三九万一二三一点であったと認められる。

(二)  右認定した事実に本件〔証拠略〕によれば、本件建物の平成九年度における固定資産評価額は、次のとおり、三〇〇八万三〇四四円と決定されたと認められる。

(1) 平成八年概要調査による非木造家屋の標準家屋合計四九四八棟のうち、鉄骨造り建物の合計は六七九棟であった。本件建物と用途区分を同一にする鉄骨の事務所・店舗・百貨店は、二四六棟あり、鉄骨造り建物全体に占める構成比は三六パーセントであった。

(2) 平成六年度の固定資産評価基準により再建築費評点数を算出した平成五年一月二日から平成八年一月一日までの間に新築された非木造家屋三五四棟のうち鉄骨造り建物一三一棟から、右(1)により算出した用途別構成比を勘案して、鉄骨造りの非木造家屋二〇棟を標準家屋として無作為に抽出して選定した。

鉄骨造りの標準家屋二〇棟の用途別構成比は、次のとおりである。

〈1〉 事務所・店舗・百貨店 五一パーセント

〈2〉 住宅・アパート 一六パーセント

〈3〉 工場・倉庫 二五パーセント

〈4〉 その他 八パーセント

(3) 標準家屋として抽出した鉄骨造り家屋二〇棟について、個別に部分別評価の方法により再建築費評点数を付設し、この評点数の平成六年度固定資産評価基準による再建築費評点数に対する上昇率を求めた。鉄骨造りの標準家屋二〇棟の用途別の上昇率は、次のとおりであった。

〈1〉 事務所・店舗・百貨店 〇・九一五七

〈2〉 住宅・アパート 〇・八九一九

〈3〉 工場・倉庫 〇・九一三〇

〈4〉 その他 〇・六二九四

(4) (3)で求めた用途別の上昇率をそれぞれの(2)の用途別構成比に乗じて算出したものの和を求めたところ、鉄骨造りの上昇率は、〇・九〇九一となった。この上昇率と、他市の状況や伊達市の現況を総合的に勘案した結果、鉄骨造り非木造家屋の上昇率を〇・九〇と算定した。

(5) このように算出した鉄骨造り非木造家屋の上昇率〇・九〇を、本件建物の平成六年度の再建築費評点数五二三九万一二三一点に乗じた四七一五万二一〇七点をもって、本件建物の、平成九年度の再建築費評点数とした。これに、固定資産評価基準の別表第13「非木造家屋経年減点補正率基準表」中の3「店舗及び病院用建物」の「鉄骨造り(骨格材の肉厚が四ミリを超えるもの)」経過年数二一年の場合の経年減点補正率である〇・五八と、評点一点当たりの価格一・一円を乗じた金額三〇〇八万三〇四四円をもって、本件建物の平成九年度の固定資産評価額と決定した。

4  本件建物の価格の適正

(一)  本件建物の平成九年度の固定資産評価額は、右のとおり固定資産評価基準に従って算出されたものであるから、特段の事情がない限り、本件建物の価格は適正であると推認される。

(二)  原告は、本件建物の競売手続における鑑定評価額は、昭和六三年三月時点で、一二三七万二〇〇〇円であり、それから一〇年が経過しているのに、本件建物の価格が三〇〇〇万円を超えることは納得できない、被告主張の再建築価格主義は、固定資産評価基準の数値に適合させて再建築費評点数を算出し、固定資産評価額を係数上はじきだしているだけであり、このような安易な便法を採用することは納税者を納得させない旨の主張をする。

しかしながら、(1) 競売手続における不動産の評価は、最低競売価額の適正な決定の基礎となるものであるが、その評価は、一般市場の取引価格ではなく、不動産競売の社会的・手続的特殊性を十分考慮した正常価格を求めなければならないとされているのであり、競売手続における不動産の評価額をもって、固定資産評価基準に基づいて算出された本件建物の価格が本件建物の適正な時価を上回ると推認することはできない。(2) また、伊達市長は、固定資産評価基準に基づき家屋の価格を算出することを法的に義務付けられているから、固定資産評価基準に基づき本件建物の価格を算出することは当然のことであり、それをもって適正価格でないとすることはできない。(3) 他に、本件建物の評価に当たり固定資産評価基準を適用することが不合理であるとの特段の事情は何らうかがえない。

(三)  したがって、本件建物の固定資産評価額を固定資産評価基準に基づき算出した価格によることは適法と認められる。

三  審査手続の適法性

1  原告は、固定資産評価審査委員会は、審査申出人の申請があった場合においては、口頭審理の手続を経なければならないのに、被告は、法律的知識を十分有しているわけではない一般人である原告に対し、口頭審理を申請し得ることを説明するという審査手続に付随する事務を怠った旨主張する。

しかしながら、地方税法四三三条一項によれば、固定資産評価委員会は、審査の申出を受けた場合においては、必要と認める調査、口頭審理その他事実審査を行うと規定して、いかなる事実審査を行うかについては、原則として、固定資産評価委員会の裁量に委ねられているものと解される。また、同条二項は、審査を申し出た者の申請があったとき、特別の事情がある場合を除き、口頭審理の手続によらなければならないと規定し、この申請がある場合には、固定資産評価委員会が口頭審理を行うことが義務付けられているものと解される。本件においては、本件〔証拠略〕によっても、審査を申し出た小林セの代理人原告が、被告に対し、口頭審理の申請をしたとの事実は認められないし、固定資産評価委員会が審査中出人に対して口頭審理の手続の申請ができる旨を説示すべき義務を定めた規定は存在しないから、固定資産評価委員会が審査申出人に対し口頭審理を申請し得ることを説明する義務も認められない。

2  また、原告は、被告は何ら実地調査をしなかったものであるから、本件決定は違法であると主張する。

しかし、伊達市長は、固定資産の価格の決定に当たり、固定資産評価基準によらなければならないことはすでに説示したとおりであり、個々の固定資産の価格を決定するに際し実地調査が必要と解することはできない。また、固定資産評価委員会がいかなる事実審査を行うかについては裁量に委ねられていることもすでに説示したとおりであり、実地調査を必要と認めるべき特段の事情がない本件においては、実地調査を行うべき義務は生じないものというべきである。

3  被告の審査手続について、原告主張のような違法事由を認めることはできない。

四  結論

以上のとおり、被告の本件決定は適法であり、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 小濱浩庸 鵜飼万貴子)

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